ゆに国建国に寄せて ~或いは紋章学的興味とゆに国国章~

 

2019年11月10日、Vtuberの赤月ゆに女史が建国を宣言した。

その国章が大変興味深いものであったため、その造形の巧みさを味わうためにこの記事を書くこととする。

拙文ではあるがお読みいただければ幸甚。

 

  • まず紋章とは

紋章というのはまず「戦場においての個人識別タグ」であることを大前提としている。

故に個人識別に役に立たないデザインはルールで排され、存在してはいけないものとされている。

主なものは「同一主権内での同一紋の使用禁止」「彩色ルールの徹底」の2点。

「同一主権内での同一紋の使用禁止」はわかりやすい。同じ紋章が2つあっては識別タグとして機能するものもしない。なので西洋の紋章は一人一つが大原則である。

「彩色ルール」としては細かいものを含めると数限りないが、基本となっているものは2つ。

基本色5色 赤(ギュールズ Gules)青(アズュール Azure)緑(ヴァート Vert)紫(パーピュア Purpure)・黒(セーブル Sable)金属色2色 金(オーア Or)銀(アージェント Argent)のみを使用する」

基本色の上に基本色を置いてはいけない。金属色の上に金属色を置いてはいけない

前者に関して言うならば基本色5色というルールが崩れている事が多いので重要視することは少ない。特に近世の紋章になればなるほど崩れがちなルールである。ロゼ(Rose)テニー(Tenny)サングィン(Sanguine)アクアマリン(Aquamarine)などの基本色がある。

後者は鉄則で、これを破ることは厳に戒められている。ややこしいように見えるが『金地に銀を置く』『赤地に黒を置く』などはNGということを頭に入れていれば問題ない。

ルールだけくだくだしく述べていてもただの羅列記事となってしまうのでこのあたりで割愛したい。このあたりは過去の記事でも触れているため、ご興味あるならば一読いただくと理解がしやすいかと。

 

boxcars-snakeeyes.hatenablog.com

 

  • 赤月家紋章を見てみよう

 ではあらためて赤月家紋章、というかゆに国国章を見てみよう。

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まずは紋章の両側にいるコウモリが目を引く。これはサポーター(Supporter)といい、紋章のうちでもさらに正式なもの(中央の盾部分だけでも紋章として成立するので、実務的には不要。しかしこれを付けられるのは相当な権威)に特有で、このサポーターがついた紋章を「大紋章(アチーヴメント Achievement)」と呼ぶ。

上部は一般的にヘルメット(Helmet)という鎧の頭部、もしくはミューラルクラウン(Mural Crown)という城壁の形をした冠をかぶせるのが通例だが、今回の場合は赤月女史のリボンを模したクラウン(Crown)と見るのが妥当だろう。

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クラウンは王冠なので当然紋章に冠するならば君主にしか許されない。実際の紋章ではこのクラウンの上にクレスト(Crest)というパーツを置いたりするのだが、クレストは家系で継承されるものなので、今回の紋章は継承を行わず新規に作ったものと考えられる。

次に下部。エスクロール(Escroll)、もしくはスクロール(Scroll)と呼ばれる巻紙のような部分に「Ex scientia sanguis fit(ラテン語:叡智は血より出ずる)」と書かれている。

 

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紋章学ではモットー(Motto)と呼ばれ、家訓などに相当するものである。あまり普通の意味との乖離はない。

盾(エスカッシャン Escutcheon)に話を移そう。

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まず、この分割が目に留まる。シャーペ・プロワイエ(Chapé-Ployé)というイングランドの紋章にはほとんど見られない分割である。

逆に言うと大陸の紋章では比較的よく見られる。つまりこの紋章のルーツはイングランドではないものと考えて差し支えないだろう。

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順にデキスター(Dexter 盾を持つ人間から見て右側。紋章では右のほうが高位)から見てゆこう。

アズュール地にアージェントの右向きの三日月とオーアの星。

紋章学で三日月を取り上げる際は、特に断りがなければ弧が下向きになるように配するので、この場合は「右向きの」という形容を付けて向きを指定する。

また、星に関しては指定がないならば六芒、もしくは八芒の星となる(紋章学的にはブレイゾン Blazonという紋章学用ソースコードの指定がStarとなっていた場合、その星の形は五芒でも六芒でも構わない、という原則があるため)

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次に中央部。

アージェントとギュールズのチェッキーにセーブルの赤月ゆにのロゴ。

チェッキー(Chequy)はいわゆる市松模様

少しこの部分は紋章学的に際どい、かもしれない。というのも部分的に「赤の上に黒」となる部分があるためだ。

基本はチェッキーの上に他の図形を置くことは少ない。前述の彩色ルールに抵触する可能性が高いせいで使用例はごくごく少ない。

こういった場合では「赤月ゆにロゴ」を自然色(プロパー Proper。それ以外の色で塗ることが考えられないものにそれ専用の色を指定する。人間の肌色や花の色など)に指定しているものと考えられる。

実際BOOTHで売られているキーホルダーを見るとロゴの色は黒で固定されているようなので「このロゴは黒である」と指定してしまえば彩色ルール違反からは逃れることができる。

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最後にシニスター(Sinister デキスターの逆側、盾を持つ人間から見て左側)を見る。

オーアにギュールズのスリーバー。

スリーバー(Three bars)はそのまま三本線のこと。最上部と最下部がオーアとなっているので「金地に赤線を引いた」扱いとなっているが、これが最下部に赤線がもう一本増えていた場合「オーアとギュールズのバリー(Barry)」となり扱いが若干変わるので注意。

 

  • 終わりに

この紋章、実はある史実の紋章を下敷きにしている。

少し紋章学をかじった人ならばわかるような有名な紋章なので、わかった方も多かろうと思われる。

15世紀バサラブ朝ワラキア公国ドラクレシュティ家紋章

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ワラキア公国でピンときた方も多いものと思われる。串刺公ヴラド、ドラキュラ公とも呼ばれるヴラド三世公のドラクレシュティ家紋章だ。

なお、奇しくもゆに国建国の11月10日はヴラド三世の生誕日(1431年11月10日-) 。吸血鬼の末裔たる(Twitterにてご指摘いただきましたので訂正いたします。ご指摘誠にありがとうございました)1000年の永きを生きる赤月ゆに女史にとっては記念すべき日であろうことは想像に難くない。

 

長々と書いたが、紋章学という学問を学ぶ身からすると、その学問がこのような形で世界を豊かにしているのを見ると大変に喜ばしく、嬉しい気持ちとなる。

このように紋章学が様々な世界で活躍してくれる世の中を願ってやまない。

 

  • おまけ

An Emblem of Yuni Akatsuki Sable proper,on chequy Argent and Gules chapé-ployé,the dexter chapé Azure in chief a crescent increscent Argent,in Base mullet Or.the sinister chapé Or three bars Gules.

エスカッシャン部の紋章記述(ブレイゾン Blazon 紋章のソースコードにあたり、この記述に従う限り、多少の表現の揺れは無視される)はこのようになると思われる。

ご参考までに。